日本の現状を改善するためには、まず全身脱毛 などを行う形成外科の専門医を育成しなければなりません。
そのためにはレジデント制度を確立して、外科の修練を終えた者だけに形成を学ばせる必要があると思い至りました。
このアメリカ方式を、がむしゃらに日本に、しかも東大に導入しようとふんばったのだから、いま考えると滑稽でもあります。
そのころ沸き上がった青年医師連合、通称"青医連"の運動も追い風になるかに見えました。
やがては史上まれにみる学園紛争となった大学紛争も、元は青医連の、まともな卒後研修を受けたいという要望が始まりだったからです。
医学部を出ても聴診器一つまともに使えません。
なんとか卒後教育を充実させてほしい、という真摯な願いでした。
それに対して教授陣は、あれはただの跳ねっ返りの騒ぎにすぎないと相手にしません。
・・・やがて運動はエスカレートし、そのうちに三派を巻き込んだ学生運動となり、最後は安田講堂での攻防戦にまで発展します。
美容外科業界の黎明期
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